ジョシュ・ブーン監督作「きっと、星のせいじゃない。」("The Fault in Our Stars" : 2014)[BD]

末期がんを患う少女が、同じくがん患者の青年との出会いを経て、限りある人生に大きな変化をもたらしていく様を描く恋愛ドラマ作品。

インディアナポリス。13歳の時に甲状腺がんのステージ4と診断されたヘイゼルは、手術を行った後、放射線治療や化学療法による闘病生活を続けるも、一時、危篤状態に陥る。その時、幸いにも新薬が効果を発揮し、ヘイゼルは奇跡的に危機を脱するが、その後も投薬に加え、常時、酸素ボンベが欠かせぬ日々を送る。

17歳の冬の終わり、ヘイゼルは医師から教会で行われているがん患者が集うサポートグループへの参加を勧められる。がんで子供に死なれるのは自分が死ぬよりもつらいと、両親の心情を慮ったヘイゼルは、渋々参加を決める。ある日の会合で、グループの一員のオーガスタス(ガス)がヘイゼルに興味を抱き、見つめる。18歳のガスは骨肉腫を患った際に、右足の膝から下を切除し、義足に換装している事を明かすと、記憶に残る人生を送りたいから忘却される事が不安だと主張する。ヘイゼルはそれに反論し、人はいつか死に絶え、誕生前と同じ状態になるのであり、誰もいなくなれば偉人さえも全て忘れ去られるのだから、忘却は必然だと説く。

その後、ガスがヘイゼルに声をかけた事で二人は意気投合する。ヘイゼルは発症の経過や、大学検定に受かり短大に通っている事などを明かすと、ガスの自宅へ招かれる。ヘイゼルは感銘を受けた愛読小説「大いなる痛み」をガスに紹介し、同じくガスが紹介したゲームのノベライズと交換する。ヘイゼルの両親は自宅に篭りがちだったヘイゼルが、友人を作った事を喜ぶ。

「大いなる痛み」を読了したガスが、その唐突な結末に対する不満をヘイゼルに訴える。ガスの自宅を訪ねたヘイゼルは、サポートグループの一員で、ガスの親友の網膜芽細胞腫を患うアイザックが、恋人モニカに振られた事を知り、忘れる様に励ます。ヘイゼルはガスの小説に対する感想に、人は人生という文章の途中で突然死ぬのだと主張し、主人公アンナの死後、その他の登場人物がどうなったのか知りたいと思い、アムステルダムに住む作者ピーター・ヴァン・ホーテンに手紙を書いたが返事が無かった事を明かす。

後日、ガスはヴァン・ホーテンの秘書リーダヴァイにメールでヘイゼルの疑問について問い合わせ、思いを読者に伝えても意味が無いという理由でヴァン・ホーテンに答えを貰えなかった事を明かす。ヘイゼルはヴァン・ホーテンから返事が来た事自体に歓喜し、改めて自らの数年来の疑問と称して物語のその後についてメールで問い合わせる。

程なく、ヴァン・ホーテンから返事が届き、そのまま続編として勝手に発表される恐れがあるとの理由で回答を拒否されるが、アムステルダム来訪の際には立ち寄る様に勧められる。舞い上がったヘイゼルはアムステルダム行きの可否を母フラニーに尋ねるが、金が無い事を知る。ガスはジーニー財団のウィッシュを使う様に提案するが、ヘイゼルは13歳の時に既に使用済みだと明かす。

その後、ガスは自らのウィッシュを使って、ヴァン・ホーテンに会う為にヘイゼルを同伴してアムステルダムに行く許可を財団から得た事を明かす。ガスの計らいに甚く感激したヘイゼルは、その事をフラニーに伝え、医師に相談すると、フラニーの同行を条件に許可が降りる。

ところがその直後、ヘイゼルの症状が悪化し、入院を余儀なくされる。ヘイゼルは危機を脱するが、医師は肺水腫が悪化した事で余談を許さぬ状態だと判断し、旅行はリスクが大きすぎると主張し、制止する。

激しく落胆したヘイゼルは、ガスをも避け、家に閉じ篭もる。程なく、ヘイゼルはこんな人生を止めたいとガスに対して嘆き、傷つける事を避ける為に、ガスとの関係をこれ以上先に進められない事の理解を求める。ガスはヘイゼルに傷つけられるなら本望だとしながらも、「友達」でいる事に理解を示す。

後日、フラニーが医師に了解を取り付け、当初の6日間から3日間に短縮する事で、アムステルダムに行ける様になった事をヘイゼルに明かす。

父マイケルに見送られ、ヘイゼルはガス、フラニーと共に、アムステルダムへと出発する。アムステルダムに到着した3人はホテルにチェックインする。ヘイゼルとガスはヴァン・ホーテンの予約したレストラン「オラニエ」に招待されており、フラニーはヘイゼルにドレスをプレゼントする。ドレスアップしたヘイゼルとガスは、観光に繰り出した後、オラニエでディナーを楽しむ。ガスはいつか全て忘却されるとしても、ヘイゼルを愛していると伝える。

翌日、ヘイゼルとガスは意気揚々とヴァン・ホーテンの自宅を訪ねる。リーダヴァイに伴われ、散らかった屋内を進むと、二人はヴァン・ホーテンと対面するが、露骨に悪態を付くその呑んだくれの男の姿に困惑する。ヘイゼルはディナーに対する謝意を伝えると、小説の結末とアンナ以外の登場人物のその後について尋ねるが、ヴァン・ホーテンはその問いにまともに答えようとはせず、スウェーデンのヒップホップをかけ始めた為、二人はその真意を図りかねる。ガスが痺れを切らしてその意図を問い質すと、ヴァン・ホーテンは無限の大小について説き、それが質問の答えだと主張し、二人の脳への転移を口にして罵る。ヘイゼルは尚も結末について尋ねるが、ヴァン・ホーテンは作り話に未来は無いと一蹴する。ヘイゼルが続きを想像せずにはいられないと訴えると、ヴァン・ホーテンは二人が病人だからわがままが通ると考えている同情頼みの子供だと指摘し、二人が個々の生命を無視して人類が進化する過程で偶然生まれた副産物、失敗作だと詰る。ヘイゼルとガスは憤慨し、その場を後にする。

リーダヴァイはヴァン・ホーテンの無礼を詫びると、二人をアンネの家に案内する。ヘイゼルにとっては最上階に到達するのは困難だったが、苦闘しながら登り詰める。アンネの言葉に触発されたヘイゼルは、最上階でガスと口づけする。その後、二人はホテルに戻り、初めて関係を持つ。

翌日、出国直前にガスは、ヘイゼルの入院前に検査を受けており、全身へのがん転移が判明していた事を打ち明ける。ガスは黙っていた事を詫びると、自分の身を案じるヘイゼルに、心配せずに今まで通りに接する様に告げる。

帰国した二人は、手術で眼球を摘出し失明したアイザックと会う。ガスは自らの葬式の弔辞の準備を、ヘイゼルとアイザックに依頼する。モニカから連絡が無い事をアイザックから聞いたガスは、意趣返しをアイザックに提案する。ガスはアイザック、ヘイゼルと共に生卵を携えてモニカの家に赴くと、アイザックに車と家に向けて卵を投げつけさせる。

それから程なくして、深夜にガソリンスタンドにいるガスからヘイゼルに連絡が来る。ヘイゼルは、不調を訴えるガスの元に駆け付け、感染症の悪化により、ガスが身動きが取れなくなっている事を知ると、救急車を呼ぶ。ガスは自力で解決できなかった事を嘆く。ガスはそのまま入院し、その後、化学療法が中止される。

ガスが退院すると、ヘイゼルは車椅子のガスを連れて散歩に出かける。ガスは改めて忘却について語り、ヒーローの様に大活躍をする、特別な人間を目指していた事を明かす。ヘイゼルはそれに理解を示すも賛成できないと告げ、自分にとって特別な存在でなければダメなのか、全員に覚えられて愛されるのが意味ある人生なのかと問いかけると、自分と家族とこの世界に愛されるだけでも無意味では無く、ずっと忘れないと訴え、ガスはそれに納得する。

ヘイゼルは自分を過剰なまでに慮るフラニーに対し、自分が死んだ後の事を案じる。フラニーは大事な人を失うのが地獄の苦しみであっても、人はそれに耐えながら生きる事をヘイゼルから学んだと告げ、経験を役立てる為に社会福祉士の勉強をしている事を明かし、ヘイゼルは感激する。

ガスは自らの生前葬と称してヘイゼルとアイザックを教会に招き、弔辞を読んでもらう。ヘイゼルはガスとの悲恋、無限の大小について語ると、与えられた以上の数を手に入れたいと主張し、ガスに生きていて欲しいと告げる。続けてヘイゼルは限られた日々の中に小さな無限という永遠をくれたガスに永久の感謝を告げる。

それから8日後、ガスは亡くなる。ヘイゼルは両親と共に葬儀に参列するが、そこにヴァン・ホーテンも参列している事を知る。ヴァン・ホーテンはガスと最後の数日間、メールをやり取りしており、その際にガスから、葬儀に来て、アンナ母娘の事についてヘイゼルに教える様に請われていた事を明かす。ヴァン・ホーテンは、すべての細胞は細胞から来る、それが答えだと告げると、娘をアンナと同じ8歳で闘病の末に亡くした事を明かす。ヴァン・ホーテンはヘイゼル達の旅を台無しにした事を詫び、質問に答えようとするが、怒りが収まらぬヘイゼルはそれを拒絶する。ヴァン・ホーテンは別れ際にヘイゼルに手紙を手渡すが、ヘイゼルはそれを読まずに無視する。

その後、ヘイゼルはアイザックと会い、ガスが手紙をヴァン・ホーテンに託していた事を知る。ヘイゼルはヴァン・ホーテンから受け取った手紙に目を通し、ガスがヘイゼルへの弔辞の添削をヴァン・ホーテンに依頼していた事を知る。その中でガスは、人が皆、記憶に残りたがるのに対し、ヘイゼルは違ったと語ると、100万人の愛より1人の愛を求めてそれを手に入れ、広くは無いが深く愛されたと述懐し、ヘイゼルを愛せて幸せだったと告げる。

 

 

これも映画館で観てきたので、今回で二度目の鑑賞となったワケだが、個人的には2015年公開の作品の中で一番の傑作だと考えている。ティーンの恋愛を描いているから、どちらかと言えば若者向けで、おっさんなんかお呼びじゃない作品では無いかと初めは気後れした。しかし、単純に恋愛のみならず、末期がん自体とその患者が死んだその後の事に焦点が当てられており、その掘り下げ方が実に丁寧で、しかもセンスに溢れているから、おっさんでも胸キュン必至の出来栄えとなっているのが良い。主役のシャイリーン・ウッドリーとアンセル・エルゴートの演技が非の打ち所が無い程素晴らしく、その上、台詞の一つ一つがどれも印象的で、どこを切り取っても名シーンと成り得るのが凄い。原作を全く知らなかったから、ガスが先に死んでしまうのは意外だったな。僕がもう少し感情豊かなら号泣しただろう。これはBDを買って死ぬまでに何回でも観たい。

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